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大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)2392号 判決

原告 平田ミちゑ

被告 大南スヱ 外一名

主文

被告大南は原告に対し別紙目録〈省略〉記載の第一(イ)の宅地につき大阪法務局布施出張所昭和三四年四月九日受付第三四一五号所有権移転登記竝びに別紙目録記載の第一(ロ)の建物につき右出張所同年同月同日受付第三四一九号所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。

被告和田は原告に対し別紙目録記載の第二(イ)の宅地につき大阪法務局布施出張所昭和三四年四月九日受付第三四一四号所有権移転登記並びに別紙目録記載の第二(ロ)の建物につき右出張所同年同月同日受付第三四一八号所有権保存登記の各抹消登記手続をせよ。

原告の被告和田に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告大南との間に生じた部分は同被告の負担とし、原告と被告和田との間に生じた部分はこれを三分しその一を原告、その余を同被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨及び「被告和田は原告に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物を明渡せ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに建物明渡部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、別紙目録記載の宅地及び建物はもと大南芳松の所有であつたが、昭和三三年七月二一日同人の死亡により、その妻大南コト、姉被告和田、妹被告大南、妹林崎ムメの四名が共同相続人としてこれを承継取得し、同年一二月二二日大南コトの死亡により、原告外一五名が同人の兄弟姉妹(すべて大南コトの死亡以前に死亡)の直系卑属として代襲相続により大南コトの右相続部分を承継取得し、結局別紙目録記載の宅地及び建物は現在被告和田、同大南、林崎ムメと大南コトの相続人である原告外一五名の共有に属するのである。しかるに、被告和田、同大南は、宮本輝男なる者が山下キミ代の私生子にして真実大南コトの相続人ではないのに拘らず戸籍上、宮本輝男が宮本真治郎(昭和一一年七月二日死亡)とその妻宮本ミ子代の長男として、また、宮本真治郎が大南コトの私生子として各記載されているのを奇貨として、大南コトの相続人は宮本輝男のみであるとし、昭和三四年三月一日宮本輝男、林崎ムメとの間に大南芳松の遺産について分割の協議を遂げ、被告大南は別紙目録記載の第一の宅地及び建物、被告和田は別紙目録記載の第二の宅地及び建物の各分割を受け、同年四月九日これを原因としてそれぞれ別紙目録記載の宅地及び建物につき主文第一、二項記載のとおりの所有権移転登記並びに所有権保存登記を経由したのである。しかしながら、被告等が何等相続権のない宮本輝男との間にした右遺産分割の協議は無効であつて、被告等は右協議により別紙目録記載の宅地及び建物の全部につき所有権を取得するいわれがないから、被告等の前記各登記は無効である。よつて、原告は、別紙目録記載の宅地及び建物の共有者として、被告等に対し、主文第一、二項記載のとおり、被告等のした前記各登記の抹消登記手続を求める。しかして、別紙目録記載の第二(ロ)の建物は原告が大南コトの死亡直後その親族等から管理を委任せられ善村文彦を代理人としてこれを占有していたところ、被告和田は(同被告より善村文彦に対する布施簡易裁判所昭和三四年(ト)第二六号仮処分命令の執行により)昭和三四年五月一五日同人を右建物から退去せしめて原告の占有を侵奪し不法に右建物を占有しているので、原告は被告和田に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物の明渡を求める。よつて、本訴に及ぶと述べ、被告等の本案前の抗弁に対し、共有物に対する妨害の排除を求める訴は、その妨害者が共有者の一人であつても、右妨害者のみを被告として各共有者の単独になしうるところであつて、いわゆる必要的共同訴訟ではないから本件において、大南コトの相続人である原告外一五名が共同して本訴を提起する必要はないのみならず、被告等のほかに遺産分割の協議に参与した宮本輝男、林崎ムメを共同被告としてこれを提起することも必要ではないと述べた。〈立証省略〉

被告等訴訟代理人は「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、その理由として、(一)共同相続人の一人が他の共同相続人と何ら相続権のない者との間になされた遺産分割の協議の無効であることを前提として他の共同相続人に対し相続による所有権取得登記の抹消を求める請求はいわゆる固有の必要的共同訴訟であるから、他の共同相続人全員を被告としてこれを提起すべきところであつて、本件においては被告等のほか、宮本輝男、林崎ムメを被告とするか、若しくは少くとも遺産分割の協議に参加した被告等及び宮本輝男を被告とすべきである。のみならず、(二)大南コトの相続人である原告外一五名が原告となつてこれを提起すべきものである。(三)民法第八八九条第二項により準用せられる同法第八八八条第一項の規定は、被相続人の死亡により相続人となるべき直系卑属の一部が相続開始前すでに死亡していた場合、その者の直系卑属が(生存相続人と共に)その死亡者に代襲して相続人となることを定めるものであつて、被相続人の最近親等者全員が死亡している場合にその者の直系卑属がその者に代襲して相続するという趣旨ではないのであるから、これを準用する民法第八八九条第二項の規定も右と同様であつて、被相続人の兄弟姉妹全員が死亡しているときにその直系卑属が兄弟姉妹に代襲して相続人となることを規定するものではないのである。してみると、原告は、大南コトの兄弟姉妹が同人の死亡以前にすべて死亡していた以上、自己の母にして且つ大南コトの姉たる高橋ミツ(昭和一七年一一月三〇日死亡)に代襲して大南コトの相続人となる資格はないものというべきである。(四)登記請求権は実体上の権利関係が登記簿に記載されている権利状態と齟齬している場合にこれを排除して登記簿上の権利状態の記載を実体上の権利関係と一致せしめるために認められるものであるから、これを本件について考えてみれば、原告外一五名及び林崎ムメが共同して被告等に対し「別紙目録記載の宅地及び建物は被告等及び林崎ムメと大南コトの相続人である原告外一五名の共有に属する旨の登記をせよ」という給付を求めうるに過ぎないのであつて、原告自身より被告等に対し相続による所有権取得登記の抹消を求めることはできない。(五)原告が被告和田に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物の明渡を求める請求は、原告主張の仮処分命令が無効であることをその理由とし、結局仮処分異議事件においてのみ主張しうるに過ぎない事項をその請求原因とするから、明らかに不適法である。よつて、本件訴はすべて却下せらるべきであると述べ、本案について、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、原告が本訴の請求原因として主張する事実は、原告外一五名が代襲相続により大南コトの遺産を相続し、且つ被告和田が別紙目録記載の第二(ロ)の建物を不法に占有しているとの点を除くほか、すべてこれを認める。(一)大南コトの相続人は、戸籍簿の記載通り、同人の私生子である宮本真治郎(昭和一一年七月二日死亡)の長男宮本輝男のみである。(二)仮に、宮本輝男が大南コトの直系卑属ではないとしても、人の身分関係は戸籍簿の記載によつて確定せられ、何人も戸籍簿の記載を訂正しない限りこれと異る主張をなし得ないのであるから、原告は訴により大南コトと宮本真治郎、宮本輝男間における親子関係の不存在を確認し、これにより同人等に関する戸籍簿の記載を訂正した上、被告等に対し相続関係の主張をすべきところであつて、原告が戸籍簿の記載を訂正しないでかかる主張をなすことは明らかに失当である。(三)被告和田は昭和三四年五月一五日原告主張の仮処分命令の執行により善村文彦の占有を解いて別紙目録記載の第二(ロ)の建物を占有するに至つたものであつて、何ら不法にこれを占有するものではない。よつて、被告等は原告の本訴請求に応じ難いと述べた。〈立証省略〉

理由

まず、被告等が本件訴の却下を求める理由として掲げるところを順次検討するに、(一)共同相続人は、他の共同相続人と表見相続人との間になされた遺産分割の協議の無効であることを前提として、他の共同相続人のなした相続による不動産所有権取得登記の抹消を訴求する場合、かかる登記を経由した他の共同相続人のみを被告として右訴を提起すれば足り、遺産分割の協議に参与したとはいえ登記簿上何ら名義を取得しておらない共同相続人及び表見相続人までこれを被告とする必要はない。(二)共同相続人がかかる遺産分割の協議の無効であることを理由として他の共同相続人に対し相続を原因とする所有権取得登記の抹消を求める請求は、共同相続人全員の共有に属する相続財産の保存行為として各共同相続人の単独になしうるところであつて、何等必要的共同訴訟ではないから、かかる登記を経由した共同相続人以外の共同相続人全員が共同してこれを提起することを要しない。(三)民法第八八九条第二項第八八八条第一項の解釈を前提とする被告等の所論は本案の抗弁として主張すべき事項であつて原告の本件訴を不適法とする理由とはならない。(四)被告等が前記(四)において主張するところは登記請求権を生ずる原因の一を根拠として被告等独自の見解を披瀝するものに過ぎないから到底採用に値しない。また、(五)被告和田が前記(五)において主張するところは(その趣旨が明確でないけれども)結局本案について主張すべき抗弁であつて同被告に対する本件訴(建物明渡)を不適法とする理由にはならない(右抗弁に対する判断は後に掲げることとする)。よつて、被告等の本案前の抗弁はすべて失当である。

ついで、本案について考察する。

別紙目録記載の宅地及び建物がもと大南芳松の所有であつたこと、そして、昭和三三年七月二一日同人の死亡により、その妻大南コトと大南芳松の姉妹である被告和田、同大南及び林崎ムメの四名が共同相続人として右宅地及び建物を相続により取得したことは当事者間に争がない。

しかるところ、大南コトが夫芳松についで昭和三三年一二月二二日死亡したことは被告の認めるところである。ところで、原告は大南コトの死亡により原告外一五名が同人の兄弟姉妹の直系卑属として代襲相続により大南コトの遺産を承継したと主張し、これに対し、被告等は大南コトの相続人は戸籍簿の記載通り同人の私生子である宮本真治郎の長男宮本輝男のみであると主張するので、判断するに、成程、戸籍上、宮本輝男が宮本真治郎(昭和一一年七月二日死亡)とその妻宮本ミ子代の長男として、また、宮本真治郎が大南コトの私生子として各届出記載せられていることは当事者間に争のないところであるが、成立に争のない甲第一乃至第九号証、第一一乃至第一六号証に証人中磯きみよ、同谷中時太郎、同善村ハナヨ、同山下ウノの各証言を綜合すれば、宮本真治郎は明治三六年一一月大村末吉と辻本ウタとの間の非嫡出子として出生し、右両名がその両親の反対にあい婚姻を遂げるに至らなかつたため、当時離婚をして生家に戻つていた大村末吉の姉大南コトの私生子として届出られ、昭和五年八月九日宮本フサヱと入夫婚姻し、同年一一月二七日宮本フサヱの死亡により同女との婚姻解消し、後に堀田ミ子代と婚姻したが、同女との間に子供が生れなかつたので、中磯きみよがかねて女中奉公中に出産した男児を貰いうけてその名を宮本輝男と名付けた上、昭和一〇年一〇月三一日これを妻ミ子代との間の長男として出生届をなすに至つたものであることが認められ、この認定に反する明確な証拠はない。被告等は、人の身分は戸簿簿の記載によつて確定され、何人も戸籍簿の記載を訂正しない限りこれと異る主張をなし得ないというが右は戸籍上の創設的届出事項についていえる事柄であつて出生のごときその届出が報告的届出に止る事項に関する限り到底妥当しないものと考える。してみると、宮本真治郎、宮本輝男の出生に関する戸籍簿の記載はいずれも真実に反し、宮本輝男は大南コトの直系卑属ではないから同人の遺産を相続する権利のないことが明らかである。しかるところ、前顕各証拠によれば大南コトには他に直系卑属のないほか、その死亡当時、生存する直系卑属及び兄弟姉妹はなかつたが、右兄弟姉妹にその直系卑属として原告外約一五名に及ぶ子のいたことが認められる。ところで、被相続人の兄弟姉妹の直系卑属は、相続開始の際兄弟姉妹がすべて死亡している場合においても、民法第八八九条第二項により準用せられる同法第八八八条により、兄弟姉妹に代襲して被相続人の遺産を相続する権利があるものと解する。しからば、原告外約一五名は昭和三三年一二月二二日大南コトの死亡により同人の兄弟姉妹の直系卑属として代襲相続により大南コトの遺産を承継し、先に大南コトが被告等及び林崎ムメと共に大南芳松より承継取得した別紙目録記載の宅地及び建物の所有権を法定相続分に応じ取得するに至つたから、別紙目録記載の宅地及び建物は現在被告等及び林崎ムメと大南コトの相続人である原告外約一五名の共有に属するものというべきである。

しかるに、被告等が昭和三四年三月一日林崎ムメ及び何ら相続権のない宮本輝男との間に大南芳松の遺産について分割の協議を遂げ、被告大南が別紙目録記載の第一の宅地及び建物、被告和田が別紙目録記載の第二の宅地及び建物の各分割をうけ、同年四月九日これを原因としてそれぞれ別紙目録記載の宅地及び建物につき主文第一、二項記載のとおりの所有権移転登記並びに所有権保存登記を経由したことは当事者間に争がない。してみると、右遺産分割の協議は、大南コトの相続人である原告外約一五名を除外し、且つ何ら相続権のない宮本輝男との間になされたものである以上、明らかに無効であつて、これを原因とする前記各登記はいずれも無効である。しからば、被告等は別紙目録記載の宅地及び建物の共有者の一人として前記各登記の排除を求める原告に対し、主文第一、二項記載のとおり、前記各登記の抹消登記手続をなすべき義務があるから、原告の本訴請求中この義務の履行を求める部分は正当としてこれを認容すべきである。

つぎに、原告より被告和田に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物の明渡を求める請求部分について考察するに、成程、原告が大南コトの死亡後前記共有者中の大部分の者から別紙目録記載の第二(ロ)の建物の管理を委任せられ、当時原告に善村文彦を代理人として右建物を占有する権限のあつたことは本件各証拠を通じて容易に看取せられ、さらに、被告和田が昭和三四年五月一五日善村文彦の占有を排除して右建物を占有するに至つたことは被告の認めるところである。しかしながら、成立に争のない甲第一八号証並びに本件口頭弁論の全趣旨によれば、被告和田は先に善村文彦を被申請人として布施簡易裁判所に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物につき仮処分命令の申請をなし、昭和三四年五月一四日「善村文彦の右建物に対する占有を解いて被告和田の委任する大阪地方裁判所の執行吏にその保管を命ずる。執行吏は右建物の現状を変更しないことを条件として仮に被告和田にその使用を許さなければならない」旨の仮処分決定(同庁昭和三四年(ト)第二六号)をえた上同月一五日これを執行し、その結果右仮処分命令の定めるところに基いて別紙目録記載の第二(ロ)の建物を占有するものであることが明瞭である。してみれば、原告が被告和田より右建物の占有の回収をはかることは右仮処分命令に基く執行を除却せんとするにほかならないところ、およそ、仮処分の変更取消はこれに関し法律の定める措置方法を採用してなすべきことを要し実体法上の訴によつてもこれを行うことは許されないから、原告は本件占有回収の訴による限り被告和田から右建物の明渡を求めえないものというべきである。しからば、原告の本訴請求中被告和田に対し別紙目録記載の第二(ロ)の建物の明渡を求める部分は失当にして棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用して主文のととり判決する。

(裁判官 古市清)

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